創作ノート - 不思議な接着剤

執筆中の児童小説「不思議な接着剤」のためのノートです。 リンク、転載を禁じます。

カテゴリ: notes:不思議な接着剤21―30

 昨夜、カタリ派信仰を持つ女性がヒロインで、そのモデルはかの実存主義系フランスの女性哲学者シモーヌ・ヴェイユというミステリー、笠井潔著『サマー・アポカリプス』(創元推理文庫、1996年)を読んだ……とはいえないお粗末な読みかたで、20分くらいで拾い読みしただけだが、全体のあらましは掴めたと思う。

 で、かのシモーヌ・ヴェイユにはトンデモ役が二重に振られていて、ミステリーとはいえ、驚いてしまった! ヴェイユは美形だから、人気があるようだが、こんな使われかたをしていたとは。カタリ派に触れたヴェイユの論文まで引用されていた。作品のムード、事件の追跡の仕方はダ・ヴィンチ・コードなどの系統だろうが、歴史の謎解きを絡める主要な線では残念ながら不成功で、どちらかというと単なる人殺しに終わっていた。ここから、ヴェイユの思想、異端カタリ派、グノーシス、原始キリスト教などに入れば、一興かもしれないが……。

 県立図書館の蔵書検索で、カタリ派、グノーシス、原始キリスト教で検索してみたら、以下の著書がヒットした。

カタリ派

●異端カタリ派と転生   図書 原田武/著 人文書院 1991.9
●叢書・ウニベルシタス 図書 ルネ・ネッリ/〔著〕 法政大学出版局 1996.11
●ヨーロッパ異端の源流 カタリ派とボゴミール派   図書 ユーリー・ストヤノフ/著 平凡社 2001.11

グノーシス

●荒井献著作集 6 グノーシス主義   図書 荒井 献/著 岩波書店 2001.7
●荒井献著作集 別巻 <訳注>使徒行伝 ナグ・ハマディ文書   図書 荒井 献/著 岩波書店 2002.6
●霊魂離脱(エクスタシス)とグノーシス   図書 ヨアン・P.クリアーノ/〔著〕 岩波書店 2009.5
●禁じられた福音書 ナグ・ハマディ文書の解明   図書 エレーヌ・ペイゲルス/著 青土社 2005.3
●グノーシス 古代キリスト教の<異端思想> 講談社選書メチエ 図書 筒井 賢治/著 講談社 2004.10
●グノーシス 古代末期の一宗教の本質と歴史   図書 クルト・ルドルフ/〔著〕 岩波書店 2001.12
●グノーシス異端と近代   図書 大貫 隆/〔ほか〕編 岩波書店 2001.11
●グノーシス陰の精神史   図書 大貫 隆/〔ほか〕編 岩波書店 2001.9
●グノーシスとはなにか   図書 マドレーヌ・スコペロ/著 せりか書房 1997.9
●グノーシス「妬み」の政治学   図書 大貫 隆/著 岩波書店 2008.7
●グノーシスの宗教 異邦の神の福音とキリスト教の端緒   図書 ハンス・ヨナス/著 人文書院 1986.11
●グノーシスの神話   図書 大貫 隆/訳・著 岩波書店 1999.1
●グノーシス考   図書 大貫 隆/著 岩波書店 2000.1
●自己認識への道 禅とキリスト教   図書 可藤 豊文/著 法蔵館 2001.4
●ダ・ヴィンチの謎ニュートンの奇跡 「神の原理」はいかに解明されてきたか 祥伝社新書 図書 三田 誠広/〔著〕 祥伝社 2007.3
●ナグ・ハマディ写本 初期キリスト教の正統と異端   図書 エレーヌ・ペイゲルス/〔著〕 白水社 1996.6
●ナグ・ハマディ文書 4 黙示録   図書 荒井 献/〔ほか〕訳 岩波書店 1998.9
●ナグ・ハマディ文書 1 救済神話   図書 荒井 献/〔ほか〕訳 岩波書店 1997.11
●ナグ・ハマディ文書 2 福音書   図書 荒井 献/〔ほか〕訳 岩波書店 1998.1
●ナグ・ハマディ文書 3 説教・書簡   図書 荒井 献/〔ほか〕訳 岩波書店 1998.5

原始キリスト教

●荒井献著作集 4 原始キリスト教   図書 荒井 献/著 岩波書店 2001.6
●荒井献著作集 5 初期キリスト教史   図書 荒井 献/著 岩波書店 2001.9
●石原謙著作集 第3巻 初期キリスト教研究   図書   岩波書店 1979.1
●神々にあふれる世界 上 古代ローマ宗教史探訪   図書 キース・ホプキンズ/〔著〕 岩波書店 2003.11
●神々にあふれる世界 下 古代ローマ宗教史探訪   図書 キース・ホプキンズ/〔著〕 岩波書店 2003.11
●キリストと時 原始キリスト教の時間観及び歴史観 岩波現代叢書 図書 O.クルマン/著 岩波書店 1954.5
●キリスト教の誕生 「知の再発見」双書 図書 ピエール=マリー・ボード/著 創元社 1997.9
●キリスト教史 第1巻 初代教会   図書 上智大学中世思想研究所/編訳 講談社 1980.10
●禁じられた福音書 ナグ・ハマディ文書の解明   図書 エレーヌ・ペイゲルス/著 青土社 2005.3
●原始キリスト教の社会学   図書 G.タイセン/著 ヨルダン社 1991.9
●原始キリスト教史   図書 H.コンツェルマン/著 日本基督教団出版局 1985.3
●古代教会史   図書 N.ブロックス/著 教文館 1999.6
●砂漠の師父の言葉 ミーニュ・ギリシア教父全集より   図書 谷 隆一郎/訳 知泉書館 2004.4
●使徒行伝と原始キリスト教史 聖書の研究シリーズ 図書 M.ヘンゲル/著 教文館 1994.6
●宗教の倒錯 ユダヤ教・イエス・キリスト教   図書 上村 静/著 岩波書店 2008.9
●初期キリスト教の霊性 宣教・女性・異端   図書 荒井 献/著 岩波書店 2009.4
●新約聖書の世界 原始キリスト教の発足と展開   図書 小嶋 潤/著 刀水書房 1997.5
●『新約聖書』の誕生 講談社選書メチエ 図書 加藤 隆/著 講談社 1999.8
●ナグ・ハマディ写本 初期キリスト教の正統と異端   図書 エレーヌ・ペイゲルス/〔著〕 白水社 1996.6
●悲劇と福音 原始キリスト教における悲劇的なるもの Century books 図書 佐藤 研/著 清水書院 2001.3

 1回の貸し出しで借りられるのは10冊までなので、選ぶのに迷ったが、今日が休みだった夫に借りに行って貰った。自分で行ければ一番いいのだが、図書館疲れで寝込み、2日は無駄にするはめになるので。メモする際に間違って、持っているハンナ・ヨナスの『グノーシスの宗教』まで指定してしまっていた。借りたいもので、貸し出し中のものが2冊あった。

 研究書だけではなく、創作の参考にするために小説も借りたいと思い、2冊借りることにした。また、ネット検索で関心がわいた『モンタイユー 上』も借りることにした。この著書は、カタリ派異端審問官を勤めたジャック・フルニエの記録を資料とした研究書。訳者の一人が渡邊昌美であることも興味を誘った。うちにある『異端者の群れ』(八坂書房、2008年)の著者で、好著だと思ったからだった。

 今回借りたのは、うっかりした前掲の著書を除けば、次の9冊。

小説

●オクシタニア   図書 佐藤 賢一/著 集英社 2003.7
●路上の人   図書 堀田善衛/著 新潮社 1985.4

研究書

●異端カタリ派の哲学 叢書・ウニベルシタス 図書 ルネ・ネッリ/〔著〕 法政大学出版局 1996.11
●グノーシス 古代末期の一宗教の本質と歴史   図書 クルト・ルドルフ/〔著〕 岩波書店 2001.12
●神々にあふれる世界 上 古代ローマ宗教史探訪   図書 キース・ホプキンズ/〔著〕 岩波書店 2003.11
●神々にあふれる世界 下 古代ローマ宗教史探訪   図書 キース・ホプキンズ/〔著〕 岩波書店 2003.11
●禁じられた福音書 ナグ・ハマディ文書の解明   図書 エレーヌ・ペイゲルス/著 青土社 2005.3
●ナグ・ハマディ写本 初期キリスト教の正統と異端   図書 エレーヌ・ペイゲルス/〔著〕 白水社 1996.6
●モンタイユー 上 ピレネーの村1294~1324 刀水歴史全書 図書 エマニュエル・ル・ロワ・ラデュリ/著 刀水書房 1990.6

借りたかったが、貸し出し中だった研究書

●ヨーロッパ異端の源流 カタリ派とボゴミール派   図書 ユーリー・ストヤノフ/著 平凡社 2001.1
●霊魂離脱(エクスタシス)とグノーシス   図書 ヨアン・P.クリアーノ/〔著〕 岩波書店 2009.5


 カタリ派は現代日本では、案外ポピュラーな存在らしい。ネット検索してみたところ、はまっている人も多いようで、驚いた。

 堀田善衛『路上の人』(徳間書店スタジオジブリ事業本部)、佐藤賢一『オクシタニア』(集英社)など、小説の題材にもなっているようだ。

 ナンと、笠井潔『サマー・アポリカリプス』(東京創元社)では、カタリ派信仰を持つ女性がヒロイン、しかもモデルはかのシモーヌ・ヴェイユというのだから、二度驚いた。

 海外ものでも、ミステリーの素材に使われているものなど、いろいろとあるようだ。ヘッセの『デミアン』がグノーシス主義を織り込んだものだったとは知らなかった。本当だろうか?  昔読んで、ヘンな小説だと思った記憶があるが、再読してみよう。』〔後日のメモ:ヘッセはおバカだ

 尤も、ヘッセは東洋と縁のある環境だったようだし、親交のあったユングはグノーシスの思想とは切り離せない人物だから、不思議なことでも何でもないかもしれない。読み応えのあるハンス・ヨナス著『グノーシスの宗教』(秋山さと子&入江良平訳、人文書院、1986年)はグノーシスについて知りたい人にはおすすめだが、訳者の秋山さと子氏はユング派の心理学者として知られている。

 グノーシス主義の哲学体系に深く触れた文献の一つは、ブラヴァツキーの著書だろう。こんなときには頼りになる。そのブラヴァツキーの文献、ガーダムの著書、前掲のハンス・ヨナスの著書など参照しながら、グノーシス主義の思想について調べているところだ。

 それにしても、グノーシス主義がどういった経緯で、中世カタリ派の中に流れ込んだのだろうか。もう一つ、はっきりしない。

 グノーシス主義を調べることは、原始キリスト教について調査することでもある。原始キリスト教が発生した辺りはその時代、諸思想の雑居状態とでもいおうか、混交状態とでもいおうか、思想的に新陳代謝が活発な魅力的な時代だったはずだ。

 正統、などといって籠の中に閉じ込められた思想は可哀想だ。カトリック学派、カタリ学派として通用する時代でなかった中世ヨーロッパ……カトリシズムが絶対的な権力を持っていた時代にあって、カタリ派は気炎を吐いた。

 カタリ派は錬金術と関係づけられることもあるようで、わたしとしてみれば、このあたりの仮説を読むのは楽しい。


後日のメモ:ヘッセはお馬鹿だ

 昨夜、ヘッセの『デミアン』を読了したが、思春期に読んで変な小説と思ったのは確かな過たない見方だった。何とも気持ちの悪い小説だった。

 ヘッセはなるほどグノーシスをかじった節があるが、体系の一部分を拡大解釈した間違った捉え方で、危険きわまりない。

 ヘッセは平和主義者で通っているようだが、『デミアン』の後半部などはヒトラーの登場を用意したとしか思えないし(それが自覚できるほど、知的だったとは思えない)、知識人としてきちんと分析すべきところで酔っていたり、夢想していたりする。

 異端カタリ派はさすがに知的で、ヘッセのような馬鹿な間違いは犯さなかった。解釈の表現にキリスト教的臭さがあるが、肝心のところはわかっていた。

 ヘッセはグノーシスに興味を持っただけでなく、東洋哲学に親昵した作家かと思っていたが、彼にはキリスト教的定型思考法が叩き込まれていて、東洋哲学……その核心といえる神秘主義を理解することは難しかったのではないだろうか。案外サリンジャーに似た捉え方だ。これでは、何もかも、戯画化したような幼稚な、否むしろ有害なものになってしまう(両者、大真面目なだけに厄介だ。また彼らの信奉者も多いだけに……)。

 西洋人にも、バルザック、ホフマン、ラーゲンレーヴ、ジョージ・マクドナルドのように神秘主義が血肉となっていた人はいくらでもいるのだから、西洋人としての限界というわけではない。あくまで個人としての限界なのだろう。

 デミアンとエヴァ夫人からは、グノーシスよりもニーチェの影響のほうが濃厚に感じとれる。

 もっとちゃんとした感想を書きたいが、今日は出かけるので、無理かもしれない。


 現代フランスを代表するアナール学派の中世史家ジャック・ル・ゴフによる『子どもたちに語るヨーロッパ史』(前田耕作監訳、川崎万理訳、ちくま学芸文庫、2009年)に興味がわき、購入した。

 訳者あとがきに、

“ 前半の「子どもたちに語るヨーロッパ」は、統一へと向かう流れを示すヨーロッパの歴史です。後半の「子どもたちに語る中世」は子どもの質問に答えるという形式で、中世を象徴する物ごとについて語っています。人びとの日常的な考え方や感覚という「心性(メンタリティ)の歴史に注目するアナール学派の特徴が、あますところなく発揮されています。”

 とあるように、後半で中世ヨーロッパが語られている。ざっと目を通したところでは、子ども向きのものにしては、彫りの深い容貌をした歴史書。

 フランスの子どもたちに語られたものなので、もしかしたら、中世の南フランス(尤も、当時はまだフランスではなかったが)を舞台とするアルビジョア十字軍の派遣やカタリ派について触れられているかもしれないと思ったのだが、果たして触れられていた。以下はその部分の引用。

“ 異端はヨーロッパ中にいたのですか。

  そうですが、13世紀から14世紀のドイツ、フランス南部、北イタリアでとくに多かったのです。これらの地域ではたびたび異端として有罪判決が下され、火刑が頻発しました。最も有名なのは〈カタリ派〉で、みなさんも耳にしたことがあるでしょう。〈カタリ〉とは〈清浄なもの〉という意味です。カタリ派はフランス南西部のトゥールーズ地方、アルビなどに共同体をつくりました。彼らは自分たちだけが罪を免れており、〈不浄なもの〉である一般信徒の罪は教会では清められないと考えていました。教会はフランス南部の異端にたいし、13世紀はじめにアルビジョア十字軍を送りました(カタリ派のモンセギュール城は陥落し、城を防衛した者たちは火刑に処されましたが、城は残って有名になっています)。”

 日本でカタリ派のことを日常的な場面で耳にすることなど考えられないが、さすがにフランスでは大事件であったという認識があるのだろう。しかし、当世風の中世史家のコメントにして、このお粗末さなのだ。フランスの子どもたちは、カタリ派とは選民思想の人々であったと思ってしまうだろう。これではカタリ派も浮かばれまい。

 カトリック教徒の殉教とカタリ派信者の殉教とでは、宗教が主因となった死であるにしても、この二つの死に様は性質が異なる。カタリ派には殉教によって天国というご褒美が与えられるというお約束事などはなかった。

 だから、彼らは冷厳な現実を自覚し、彼らが真理と考えるものに対する想いゆえに殉じたのだ。尤も、カタリ派の完全者(聖職者)は殺してはならず、裁いてはならなかった。誓ってはならず、また嘘をついてはならなかった。それらは完全者が遵守すべき戒律なのだった。以下は、原田武著『異端カタリ派と転生』(人文書院、1991年)からの抜粋。

“ 嘘をつかず、誓わないでいるためには、常日ごろの言動に細心の注意を払わなければならない。完全者はつとめて慎重に言葉を選び、ステレオタイプな慣用語に頼ったり、「と思う」だとか「もし神が望めば」といった不確実さや制限・留保を加えながら話を進めたといわれる。そしていったん逮捕されると、なかなかのソフィストぶりを発揮し、うまく審問官をまどわすこともできるのであった。

〔略〕

 ベルナール・ギーといえば映画にもなったウンベルト・エーコーの小説『薔薇の名前』に登場する高名な異端審問官であるが、その著書『審問官必携』は反対側にカタリ派信者にその誤りを認めされるには「あらゆる手段」と「きわめて巧妙にして経験豊富な人の奉仕」が必要だといいながらも、「彼らは見破られ、もう誤りを隠すことができなくなると、これを擁護し、主張し、審問官の前で公然と説いて聞かせる」のだと述べている。”

 信仰に粛々として殉じる姿よりも、こうしたカタリ派完全者の臨機応変さにこそ、わたしは魅力を覚える。知性と人間らしさのミックスされた馨しさを覚えるのだ。それはカタリ派の教義に対する興味深さにもつながる。

 カタリ派完全者の禁欲生活は徹底していたという。性交・肉食は禁止されていた。また正統キリスト教徒を自任する彼らにとって、完全者になるということは、『主の祈り』を唱える資格が与えられるということであって、彼らは日常的にこれを唱える義務があった。ただ前掲の『異端カタリ派と転生』によると、『主の祈り』の中の「私たちの日々のパンを、きょうもお与えください」は「私たちの物質を超えたパンを、きょうもお与えください」という語に置き代えられていたというから面食らう。彼らの徹底ぶりを感じさせる。

 殉教せざるをえなかったカタリ派にしてみれば、彼らが主張したように、悪魔がつくったこの世で、悪魔につくられた体ゆえに、悪魔が司る宗教に殺されたのだった。異教徒のわたしなどは彼らに、「あなたがたの主張は多かれ少なかれ当たっていたことを、あなたがたの裁かれかた、殺されかたが証明しましたね」といってやりたい。

 いや、悪ふざけがすぎた。カタリ派の教義はこんな冗談にしてしまえるほど単純でも、程度の低いものでもなさそうので、わたしは調べものに時間をとられているわけなのだった。

 彼らこそ中世に咲いた花だった、とわたしは感じ出した。わたしの作品に出てくる子どもたちは異郷のその地にタイムスリップして、花の香を嗅ぐだろう。

 自分はカタリ派の生まれ変わりだといったガーダムは、誕生と死について以下のように語る。そこにはカタリ派の教義がグノーシス主義の影響を受けているとされる説を裏書するような哲学体系が認められる。アーサー・ガーダム著『二つの世界を生きて――精神科医の心霊的自叙伝』(大野龍一訳、コスモス・ライブラリー、2001年)からの抜粋。

“われわれは中心の焦点から、アイオーン[至高存在より流れ出し、宇宙運行の様々な機能を果たしていると考えられる力・存在]のように放射された。人間の魂の地上への落下という宇宙的な大災厄は、われわれ個人の出生にこだましている。私は[宇宙の]闇の中を通って落下する夢の中で、そのことを感じた。光は私を追って、もはや一つの星も見えなくなるまで背後につき従った。人間の地上への落下[誕生]は、物理的過程における再反響である。物質はアイオーンが遅鈍化し、凝結して、いわゆる無生命にまで不活性化したものである。その降下が原初の落下であれ、個々人の出生であれ、われわれは死後再び宇宙を上昇する。肉体による幽閉から解放されたとき、われわれは霊の誘引力に対してもっと敏感になる。それはわれわれを引き戻し、七つの世界と七つの意識レベルを経過して、ついにはわれわれを、われわれ自身のちっぽけな写し絵として観念された人格化された神にではなく、とてつもなく広大な一つの静寂の中に合流させる。何故なら、それこそがわれわれ自身の神性の拡大された究極の姿だからである。われわれは感覚のレベルよりも高い意識のレベルで、その真の安らぎを得る。

 私は死後に、合理主義の霧から逃れようとする多くの人々を惹きつける、ガーデン・パーティーの永遠の楽園は期待しない。次の世界では、われわれはもっと身軽に生きられるようになるだろうが、なお[この世界との]接触は残っている。われわれはすぐには自分の過去の過ちによる責任や、愛着の記憶から解放されることはないだろう。進化は困難なプロセスであって、われわれはこの世界から一足飛びに、好天のつねならぬ天福の恩寵に満たされた、いつ果てるとも知れない村の祝祭へと入り込むわけではない。死んでそうした段階を通り過ぎた人々は賢明で、その語るところは警告的である。彼らの語るところでは、次の段階ではわれわれにはなおも努力が必要とされている。”


 巷ではインフル騒ぎで大変だが、幸いまだインフルにはかからずに済んでいる。ただ、このところ、何となく風邪気味であるのに加え、ニトロ舌下錠を使うほどではないまでも、心臓の調子が不安定で、体力も気力も不足がちといったところ。そのせいもあって、家事雑用で精一杯で、なかなか創作の時間がとれない。

 それでも、自作童話『不思議な接着剤』に関する下調べは続行している。まだ作品の子供たちと冒険の旅には出ていない状態。もう少し下準備が必要だ。

 鍾乳洞に入り込む中世ヨーロッパ風の世界に、カトリック教会による粛清で壊滅したカタリ派のエピソードをいくらかとり入れたい。

 もう少しカタリ派の教義に関してもメモしておきたいと思い、カタリ派についてⅡを書きかけていた。

 といっても、カタリ派側の文書はほぼ失われているため(『二原理論』という書が残されている)、粛清した側の偏見に充ちた資料によって彼らについて知る他はないといわれている。カタリ派の生まれ変わりというガーダムの著書は、彼がそうであれどうであれカタリ派の教義に迫った研究書として優れていると思う。

 カタリ派の教義がグノーシス主義の影響を受けていることは確かで、わたしは大学時代に魅せられたことがある。1~4世紀に広まったグノーシス主義は、ギリシア哲学、東洋思想、中近東の宗教思想のシンクロティズム的ムードを持っている。

 フランスの女性哲学者シモーヌ・ヴェイユはカタリ派に魅せられた一人だった。また実存主義哲学とグノーシス主義は共通点があるともいわれている。なるほど似ていると思うところはある。だが、グノーシス主義の思想には、実存主義にはない統一感、ダイナミズム、純度の高さ、輝きがある。

 グノーシス主義は、貴種流離譚の母胎ではないだろうか。そう考えると、児童文学とも関係が深い。神智学の文献にもたびたび出てくる。

 昨夜、グノーシス主義の研究書ハンス・ヨナス『グノーシスの宗教』(秋山さと子&入江良平訳、人文書院、1986年)を再読し、その中で紹介されている《真珠の歌》という詩の美しさ、なつかしさに恍惚となってしまった。この詩は、新約外典『使徒トマスの行伝』にあるという。

 まさに貴種流離譚の形式を持った詩で、魂の〈自分探しの〉旅をシンボライズしたものだろう。これに関してはまた記事を改めて触れたい。

 やまとのあやⅡも途中なのだ。メモしておきたいこと、調べておきたいことが次々に湧き出てきて、中断してしまった。これも、もう少しまとまりをつけて公開しておきたいところだ。でないと、心置きなく自作童話に没頭できない。

 それにしても、卑弥呼関係の調査と自作童話に必要な調査とはどこかでつながっている気がしていたが、卑弥呼の生きた時代はグノーシスが広まった時期にすっぽり包み込まれているわけだ。


 自作童話『不思議な接着剤』のための創作ノート、Notes:不思議な接着剤では、カタリ派に執心したところで中断していた。どこかで書いた気がするが、児童文学の世界は神秘主義と深い関わりのある世界といってよい。それは、現代にも存在する神秘主義の扉なのだ。

 カタリ派は神秘主義的な一派だった。彼らの活動は、中世ヨーロッパで起きた神秘主義運動ともいえる側面を持ち、それはわが国の教科書にも載るような大事件を招いた。アルビジョア十字軍の派遣である。傍観的表現をとれば、アルビジョア十字軍とはカトリック教会による血の粛清であり、異端とされたカタリ派はそれによって壊滅させられたのだった。

 子供たちが冒険に出かける先の鍾乳洞には、中世ヨーロッパ的世界が入り込んでいるという設定。わたしはその中世ヨーロッパ的な世界の目安を、№24で書いたように、1244年に異端カタリ派がモンセギュールの陥落によって壊滅的ダメージを被ったあとに置きたいと思っている。

 カタリ派は、調べれば調べるほど魅力的な一派だ。都市部での活動を断たれ、農村に生き延びたカタリ派だったが、その終焉を描いた原田武著『異端カタリ派と転生』(人文書院、1991年)の中の以下のような箇所を読むと、悲しい。

“ ルネ・ネリは、最終段階でのカタリ派信仰は農民のなかでもとりわけ女性によって担われ、彼女たちの社会への不平不満と結びつく一方で、妖術的なものへの傾斜を深めがちであったと述べる。
〔略〕
 1412年8月3日、イタリアのトリノの近くで15人のカタリ派信者の墓が暴かれ、死骸が火刑にされるという事件があった。これがおそらくヨーロッパ全体での、異端カタリ派についての最後の消息である。”

 カタリ派は追い詰められて本来の知的な性格を失い、迷信的になり、遂には途絶えたのだろう。

 が、彼らの思想がプロテスタンティズムや、もっと濃厚には神秘主義的秘密結社を組織したバラ十字派の思想などに流れ込んだのだとすると、それはバラ十字派の一員となったフランスの文豪バルザックに一つの見事な結実を見たわけだ。

 バルザックのあの底抜けの明るさが思想の純度の高さを証明している……!

 カタリ派は二元論と転生を説き、遅かれ早かれ全ての魂が救われるといった。この世は悪魔の創造物だと説いた。前掲の著書に、実際に次のように説教した例があるのには驚く。

“ それに、カタリ派は地上のすべての営みに神が介入することはないとする宗教であるから、恵み深き神が花を咲かせ、実を実らせるのだという考えも成り立たなくなる。末期の説教で、作物が実るのはほかでもなく汚い肥料のおかげなのだ、と説いた記録があるという。”

 さらに、前掲の著書は述べる。

“ 「科学的」といえば、カタリ派は「奇跡」なるものもまた排除した。聖フランチェスコもほかの誰も、奇跡など行っていないというのである。神がこんな形で人間を助けることはないのである。当時のカトリック世界で奇跡、とりわけ聖遺物による奇跡がどれほど待望され、またどれほど実際に生起したかを考えれば、このような見方が時代の大勢とおよそ相反する立場であったことがわかる。

 カタリ派信仰は転生のような神秘的部分を含みながらも、自然あるいは物質が神格化されるのとは逆の宗教意識から成り立つ。”

 こうして見ていくと、カタリ派の教義は一見、単純明快というか、逆にいえば、味も素っ気もない教義のように映るが、教義の要約からは微妙なニュアンスや雰囲気といったものは除外されてしまうことや、またカタリ派の教義には神秘主義らしい一面があって、一般向けのものとPerfecti(パルフェクティ。完全者あるいは完徳者と邦訳されている。資格を得たカタリ派聖職者)向けの秘教的なものとがあったことを考慮する必要がある。

 アーサー・ガーダム著『二つの世界を生きて――精神科医の心霊的自叙伝』(大野龍一訳、コスモス・ライブラリー、2001年)から以下に断片的に引用する馥郁とした言葉を吟味すれば、二元論、この世は悪魔の創造物であるという公式的な教義のイメージは一変する。

“ カタリ派にとって、かたちあるものと物質の妨害的な慣性は、悪魔によって創造されたものであった。それはたんなる形態から見えざるものへの移行一般の問題ではなかった。カタリ派では、すべてのかたちあるものは霊的な同等物をもっているということが、われわれを取り囲む精霊の世界が存在するということが含意されている。

 カタリ派にとってすべての生命は、動物のそれも含めて、神聖なものであった。

 大地に湿り気を与える古代の球根によってかたちづくられたざらざらして乾いた石灰質の荒地には魔法があった。その土壌には生きた生命が宿っていた。ローズマリーとラベンダーの香りはそこから発出される精霊である。”

 これはブラヴァツキー著『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳、神智学紹介ニッポン・ロッジ、平成元年)の付録――議事録――で交わされた次の質疑応答を連想させる。

“問 しかし、これは、植物界の数えきれぬ種(シュ)をどう説明できますか?

答 植物などの様々な種は、一条の光線が分裂して生まれた光線です。光線は七つの世界を通る時に、各世界で弱められ、何千も何百万もの光線になり、そうした光線はそれぞれ、自分の世界で一つの有知者になります。だから、各植物には有知者があり、あるいは、いわば、生命の目的があり、ある程度の自由意志があるということがわかります。とにかく私はそのように理解しています。植物には感受性の強いものも弱いものもありますが、例外なく、どの植物もものを感じるし、それ自体の意識があります。その上、オカルトの教えによると、巨木から最小のシダや草の葉に到るまで、どの植物にもエレメンタル実在がおり、目に見える植物は物質界でのその実在の外的な装いです。だから、カバリストと中世のバラ十字派はいつもエレメンタル即ち四大元素の霊の話をするのが好きでした。彼等によれば、すべてのものにはエレメンタルの精がいます。”

 ガーダムはこうもいう。

“ 二元論者の自然と宇宙に対する態度は明らかにポジティブなものであり、それは医師としての私には大きな助けとなった。善と悪、霊と肉〔精神と肉体〕、天体と季節の影響、植物と鉱物が発する作用、これらすべては神秘的であると同様、科学的なアプローチの一部をなすものである。二元論者にとって、神秘と科学は互いに敵対するものではない。現代ヨーロッパにおける科学と宗教的体験の分離は、われわれの霊的、科学的貧困の徴である。われわれは神学を宗教と、テクノロジーを科学と取り違えている。私は二元論者であるがゆえに、星や月が患者の精神状態に影響を及ぼすということをたやすく受け入れることができた。そして、地球のヴァイブレーションに影響を受けやすいそれらの患者たちにあって、病気のパターンがいかにして季節に関係づけられているのかを理解した。”

 いずれにしても、カタリ派の教義は重層的な構成を持つ、神秘主義的な教義であることが察せられるのだ。

 ところで、カタリ派の生まれ変わりと称し、カタリ派について多くを書いたアーサー・ガーダム(1905―1992年)は、人物紹介によると、オックスフォード大卒の医学博士で、英国サマセット州バースで大病院の精神科医長を30余年にわたって勤めた人物であるが、50歳頃から精神医学から宗教、小説にわたるまで旺盛な執筆活動を開始した。

 過去におけるカタリ派との関係の再現は、メニエール症候群の発作をきっかけとしていた。

“ 私は、自分が巻き込まれている音の網目が、時間の外部から立ち現れたヴァイブレーションなのだということを知らなかった。この病気が私を襲ったのは1954年のことであった。私は何世紀も前に打ち鳴らされた音楽の調べが、自分がそれを病気の兆候と見てそのメッセージを拒否してしまったがために、不協和音としてしか聞こえないのだということに気づかなかった。カタリ派が呼んでいるのだということを、わたしは知らずにいた。”

 ガーダムは他の転生についても書いているのだが、13世紀のファンジョー県ラングドックに転生していた当時の彼は、パルフェクティになるための訓練を受けていたところだったらしい。パルフェになるための訓練のメニューには、瞑想の基礎、ヒーリング・薬草に関することといった医学的知識の習得なども含まれていたようだ。

“ カタリ派としての転生で、わたしはギラベール・ド・カストルのお気に入りの弟子の一人であったように思われる。彼のもとで、私は瞑想を学んだ。その人生で、私はかなりの程度の覚醒を達成し、それが20世紀の人生において私が瞑想に立ち戻ることを不要にした。それを試みると私は病気になったが、それは私が運命から逸脱することを意味したからである。一カタリ派として私はヒーリングに魅せられたが、その訓練を受けたことはなかった。今度の転生で、私は医者となった。私は前世での哲学的研究から、時間の性質についての関心を持ち越したが、それは私が心理療法を行う上ではかり知れない価値を持つものとなるはずだった。”

 文中のギラベール・ド・カストルという人物は、1240年頃に亡くなったとされるカタリ派の司教である。カストルの弟子だった当時のガーダムは異端のかどで逮捕され、カルカッソンヌ獄舎で死亡した。死因は肺病だったという。ガーダムはカタリ派の一員としての過去が自身のうちで甦るのと並行するように、同じように過去世でカタリ派だったらしき人々と出会うようになる。

 その中の一人であるスミス夫人は、火刑に処されたときの生々しい記憶を持っていた。前掲の原田武著『異端カタリ派と転生』(人文書院、1991年)から、恋人同士だったガーダム(カタリ派だった当時はロジェ・イザール)との関係に触れた箇所と合わせてご紹介しておきたい。

“ 夫人の前世での素性は、貧しい農家の娘で、恋人から 「プエリリア」と呼ばれていたこと以外、本名もわからないままで終わる。だが恋人(つまり今の博士)については、やがて身元がはっきりつかめる。彼はベック・ド・ファンジョーの息子、ロジェ・イザールであって、「完全者」になることなく終ったけれど、終始熱心な帰依者として活躍し、拷問のあげくおそらく結核で獄死した人物である。女性完全者として有名だったその姉アイリス(エリス)が1243年8月5日、異端審問所で行った供述には彼のこともふれられ、その存在は決して疑うことができない。

 恋人の死後、彼女もまた逮捕される。トゥールーズのサンテチエンヌ聖堂の地下礼拝所で拷問を受け、彼女もまた完全者ではなかったけれど、その強固な異端信仰のゆえに最後は火刑台で息を引きとるのである。

 〔略〕 なかでも、最後に火刑台に上ったスミス夫人=プエリリアの感じ方は、体験した者しかけっして知りようのない、なまなましさをそなえているといえよう。火あぶりになるときには熱気で血が乾いてしまうと思いこんでいたのに、実際には多量に出血することに彼女は気づく。「炎のなかで血がしたたり、しゅっしゅっと音を立てていたのです。わたしは炎を消せるだけの血があればよいのにと思いました。もっともひどかったのは目です。(中略)瞼を閉じようとしても、どうしても閉じることができませんでした。瞼は完全に焼け落ちてしまっていたのに違いありません」。”

 ガーダムは、壊滅させられたモンセギュールについて以下のようにいう。難解な表現であるが、この厳密さ、匂やかさ、そして宇宙的といってよいスケールの大きさこそが、中世ヨーロッパで花開き、それに惹きつけられた人々を堪能させたカタリ派の教義の特徴だったのではあるまいか。 

“私はモンセギュールが古い思想の実現であり、新たな夢の誕生であるのを知っている。それは記憶の受肉であり、生きられるべき人生のパターンの小高い石の山である。別の世界で、それはわれわれの思想の中身から再創造されるだろう。肉体から解放されて、それを別の目で、地球的な形態の尺度を超えて見るとき、われわれはそれをもっと明確に見、感じることができるのである。われわれはその美を、来るべき次の世界ではヴァイブレーションのシステムの中に見るのだ。”


 一昨日から昨日にかけて再読した本。

●阿部謹也『ハーメルンの笛吹き男』(ちくま文庫、1988年)
●阿部謹也『西洋中世の男と女 聖性の呪縛の下で』(ちくま学芸文庫、2007年)
●原田武『異端カタリ派と転生』(人文書院、1991年)
●アーサー・ガーダム『二つの世界を生きて――精神科医の心霊的自叙伝』(大野龍一訳、コスモス・ライブラリー、2001年)

 本日、再読中の本。

●ハンス・ヨナス『グノーシスの宗教』(秋山さと子/入江良平訳、人文書院、1986年)

 読みたい本。

●堀越孝一『パンとぶどう酒と中世』(ちくま学芸文庫)
●アマン・マアルーフ『アラブが見た十字軍』(牟田口義郎/新川雅子訳、ちくま学芸文庫)

 中世と十字軍を切り離して考えることはできない。《ハーメルンの笛吹き男》の伝説の原型といわれる、ドイツのハーメルン市における、1284年6月26日の子供たちの失踪事件の解釈には様々あるが、子供の十字軍という説もある。

 南フランスの異端カタリ派に対する大軍の派遣は、アルビジョア十字軍と呼ばれている。

 共に、13世紀の出来事である。

 子供たちの失踪事件の起きた当時のハーメルン市における、庶民の経済的困窮。

 原田武『異端カタリ派と転生』(人文書院、1991年)によると、異端カタリ派が栄えたラングドックは当時、ひじょうに富裕で文化的、医学の面でもアラビア医学の知識を取り入れるなどして先進的な地域だったという。カタリ派はどちらかというとエリートの宗教で、貴族的、都会的であったといわれる。

 十字軍の裏には、経済的理由が潜んでいる。また、支配欲だけでなく、ある種の嫉妬が潜んでいる場合もあるようだ。

 以前にもカタリ派やグノーシスについては触れたことがあったが、カタリ派の思想はひじょうに高度で、難解だ。デフォルメしたような解釈で、幼稚な批判がなされることがあるが、アーサー・ガーダム『二つの世界を生きて――精神科医の心霊的自叙伝』の別註の引用からもわかるように、単純なものではない。

 キリスト教の異端カタリ派は、アルビ派とも呼ばれ、その起源については諸説あってはっきりしないが、キリスト教信仰に古代のゾロアスター教や、マニ教、グノーシスなどの二元論宗教が混交されてなったものと考えられている。

 ガーダムが指摘するように、それはピタゴラス、プラトン、プロティノスと続く、古代ギリシャ神秘思想の継承者としての一面も持つ。それは仏教とも著しい親近性を示し、「キリスト教の中の仏教」と呼ばれることすらある。全体的に東方的・神秘的な色彩が濃い。

 ブルガリア、ボスニア、ラングドックなど地中海文化域全体を染めた異端の思想の流れはテンプル騎士団に引継がれ、その迫害後、薔薇十字会に新たな現れを見せるとあるが、バルザックがラングドック出身で、薔薇十字の会員だったらしいことを考えると、興味深さが募る。

 カタリ派は輪廻を信じた。二元論を特徴とする。完全者(司祭)は性行為を断ち、魚を除き菜食中心の食制限を守った。また彼らは人間も動物も殺してはならず、徹底した無抵抗主義者であった。カタリ派信者には女性が多く、完全者の半分近くは女性だったようだ。

 カタリ派はヨハネ福音書を重要視した。集会のたびに福音書が朗読、解説された。一般信者は聖書を読むことが禁じられていたカトリック教会とは異なり、カタリ派では自由に聖書を読むことができた。

 カタリ派だったときの前世の記憶があると認めるガーダムは同じようなカタリ派の生まれ変わりの人々と出会い、『二つの世界を生きて――精神科医の心霊的自叙伝』に書いている。

“ カタリ主義では神秘主義と神への直接の接近は、厳しい労働や良識、そして現象への真に科学的な態度と結びつけられていたことを学ばねばならなかった。

 スミス夫人はしばしば、カタリズムは単純な、愛の宗教であったと述べた。これは、カタリ派の神学がどれほど理解するのが困難なものであるにしても、そのとおりであったにちがいない。どんな宗教の神学も、神学者にとっては別として、難解なものである。われわれはそれを、その力の表われ方と、単純なアピール、カタリ派思想が当時の社会に広まり確立された、その早さと深さの観点からしか説明できない。スミス夫人が善性を、無意識的な、無努力のものとして語るとき、彼女はフォレスト夫人がキリストの精神について、自然な、開放的で心軽やかな原始キリスト教の性質について語ったのと同じものをこだまさせているのである。”

 中世には、恐るべき迫害に拮抗するだけの、外観においてはシンクレティズム、本質においては純粋、孤高の神秘主義の純血種ともいえるような思想がまだヨーロッパの巷に堂々と生きていたのだ。

 わたしは創作の世界の中でとはいえ、何という怖ろしさも馨しさもある時代に現代日本の子供たちを送り込もうとしているのだろう!  もし、ということは常にありえたことだと思っているが、もし――カタリ派が生き延び、大きな拡がりを見せていたなら、世界は今とはずいぶん違っていただろう。少なくとも東西の思想的、感覚的な分裂感は淡いものになっていたに違いない。


 中世といっても長い。中世ヨーロッパに関する論文を書くわけではないから、年代の特定が必要というわけではないが、目安を、1244年に異端カタリ派がモンセギュールの陥落によって壊滅的ダメージを被ったあとに置きたい。

 錬金術師の娘は、南フランスのラングドックで栄えた異端カタリ派とも、その地とも無関係であったかもしれないが、異端カタリ派の終焉(厳密には、最後の指導者が捕らえられたのは1321年のことだから、その後も細々と80年くらい生き延びたことになる)は、ヨーロッパにおける神秘主義の歴史にとっては大事件であったと思う。その前か後かくらいは、考えておかなければならない。

 昨日、以下の本をジュンク堂で購入。図書館から借りることも考えたが、繰り返し読むことになるだろうから、購入が必要だと考えた。ざっと確かめたところでは思った通り、わたしの選択、間違っていなかった。中世を知る教科書として、優れた本をセレクトできたと思う。中世ヨーロッパの生活というおぼろげなイメージが姿を現し始めた。

アンドリュー・ラングリー
「知のビジュアル百科 25」中世ヨーロッパ入門
日本語版監修者:池上俊一
あすなろ書房
2006年
 
 
 63頁の図鑑で、当時の文化から基本的な物を拾い上げて具体的に目で知ることができる構成になっている。

J・ギース、F・ギース
中世ヨーロッパの城の生活
栗原泉訳
講談社学術文庫
2005年

J・ギース、F・ギース
中世ヨーロッパの都市の生活
青島淑子訳
講談社学術文庫
2006年

 この2冊がすばらしいので、同じ著者による『中世ヨーロッパの農村の生活』も購入したいと思っている。『中世ヨーロッパの都市の生活』は「第一章 トロワ 1250年」で始まる。北フランス、シャンパーニュ地方の都市トロワを舞台に、生活模様が濃やかに描かれていくようだ。

 わたしが知りたかった明かりのことも、生活背景として出てくる。以下は、その部分の抜粋。


“ では、裕福な市民の家に入ってみよう。家に入るとまず控えの間がある。控えの間には扉が二つあり、一つは作業場または執務部屋へ通じ、もう一つの扉を開けると、急な階段へと通じている。二階の大部分は大広間または日光浴室となっており、リビングルームとダイニングルームを兼ねた役割を果たしている。巨大な煙突の傘の下では、暖炉の火がちらちらと輝いている。部屋に窓はあるが小さく、油を塗った羊皮紙で閉じられているため、昼間でも暖炉の火が室内の照明代わりだった。オイルランプが壁から鎖で吊るされているが、その火は外が完全に暗くなってから灯されるのが常だった。家庭の主婦たちはロウソクも節約していた。料理用の脂をためてはロウソク職人に渡し、安価なロウソクを作ってもらうのである(煙がよく出て、刺激臭がするのが難点だった)。蜜蝋を使ったロウソクは教会か、儀式のときしか使用されなかった。”

 何て生き生きとした描写だろう! 読んでいるうちに、自分がこの時代のこの家庭の主婦になったような気分になってくるほどだ。

 瞳に、現代日本のお洒落なロウソクも持って行かせようか? ライトは現代的すぎるが、当時高価だったという蜜蝋のロウソク。面白い場面を生みそうじゃないか!

 奇しくも、この舞台は1250年。そのたった6年前の1244年に、南ではカタリ派の最後の砦が陥落したわけである。わたしが知りたいと思った時代の生活を、詳しく知ることができるのだ。ありがたい。


西洋史での中世の区分は、一般的には西ローマ帝国が滅亡した476年から、15世紀末まで。
真空白熱電球はスワン(英)が1878年に発明、翌年エジソン(米)が電球を製造。ガス灯の設置は、1797年英にて。
中世ヨーロッパの主な光源は蝋燭若しくはランプ。
いろいろ資料を見ても、もう一つ、中世の暮らしぶりがぴんと来ない。以下の本が読みたい。知のビジュアル百科シリーズの中の1冊で、わかりやすそうだ。

アンドリュー・ラングリー
中世ヨーロッパ入門
2006年3月10日初版発行
日本語版監修 池上俊一
定価2,625円(税込)
あすなろ書房

苔を嘗めながら、あまりにも永く生き続けている竜は、今や、半分は光の体(彼の世の体)で生きている。

竜の光は勿論オーラだが、漆黒の闇だとオーラは見えにくい。それでも見えるほど、竜の輝きは増していて、聖獣に脱皮しようとしているところなのかもしれない。

わたしにはたまにしかオーラが見えないが、薄暗いときなどはふいに自分のオーラがありありと見えることがあり、心身を浴したような心地になることがある。グリーン系→ブルー系→バイオレット系へとわたしのオーラは変化してきたので、考えかたもそれなりに変化しているはずだ。バイオレット系になってからも、その色合いは変化してきた。

人間は、というより全ての本質は光なのだ、と嫌でも想える瞬間。

嫌な光が見えることもある。不浄な光を発散しているように見える書物は、本当に嫌なものだ。本好きなだけに。

しかし、わたしも、精神レベルが低下しているときには嫌な光を発散しているに違いない。

わたしはお亡くなりになった神智学の先生のオーラを見たくてたまらなくなることがある。先生のオーラは本当に美しかった……!

あまり他人のオーラを見ることはないけれど、先生のオーラは最後にお目にかかったときにありありと見た。あのときは、先生の美点も、先生の苦悩や欠点すらも光の形態で見たということだ。

先生自身は、自分にはオーラは見えないとおっしゃっていた。こんなにすばらしい光の芸術品を自分で作り出しておきながら、それが見えないなんて、もったいないことだとわたしは思った。今は嫌でも見ていらっしゃるに違いないけれど。

全身から美酒のように溢れていた物皆あまねく照らし出すかのような光や御身を取り巻く黄金色の光のリボン……

ごく一部を自作小説『あけぼの――邪馬台国物語――』に卑弥呼のオーラとして描写したが、先生のオーラをスケッチしたメモを、何とわたしは紛失してしまったらしい(以前、半日かけて探したけれどなかった)。

頭を、いくらか暗い趣のあるブルーが円形に包み込んでいた。その色合いはわたしには意外で、先生の苦悩ないしは欠点を連想させた。全身から、美麗な白色の光が力強く楕円形に放射されていて、その白い楕円の周りをなぞるように、金色のリボンが、まるで舞踏のステップを踏むように軽やかにとり巻いていた。金色の優美さ、シックさ、朗らかさ。あのような美しい白色も、生き生きとした金色も、肉眼で見える世界には決してない。
彼の世で、先生のオーラはどう変化なさっただろうか。煌く星の形態で、彼の世からの先生のお便りを、わたしは時折受け取ったという確かな感じを受けるのだけれど、それはわたしの錯覚にすぎないということはないのだろうか。

ノートが、横道に逸れてしまった。

昨日、自作童話の取材で電器店へ行き、購入したサンジェルマンのランタン型ライト。1,920円。単4形アルカリ電池4本。連続点灯約14時間。電池含んで112g。高さ127㎝。

可愛い軽いランタンだが、かなりの明るさ。

携帯ライトといえば、豆球の懐中電灯しか知らなかったわたしにはLEDの明るさ、寿命は驚き。わたしがお店で見たランタン型のものでは明かるさが一番小さいものだったが、点してみないとぴんとこなかったので買った。災害時の備えになるし……。

濡れても安心、衝撃に強い防弾ガラスと同じPC樹脂採用とあり、アウトドアによさそう。

パナソニックのやはりLEDライトの懐中電灯、1,480円で、連続120時間というのがあった。120時間だなんて、まる5日間点しっぱなしにできるということだ。また、強力ライトのタイプでは、一体どれだけ明るいんだろう、と思うような表示のものもあった。

ただ瞳なら、素敵だと思って、ランタン型のを選ぶだろうと思う。
彼女は、万一ということを考える慎重な少女だが、まさか自分たちが洞内で寝起きする数日を過ごすことになるとは考えないだろうし、ロマンティックな面もあるから、鍾乳洞のなかでランタン型ライトを点してみたいと思うだろう。

紘平は頭につけるタイプのものを、恰好いいと思って選びそうだが、弟を助けなければならないので、両手を自由に使えるものを選んで正解だったということになりそうだ。

翔太には、身につけることができるバンド型かストラップ型を瞳が選んでやるだろう。これはお試しができて、小さい割には明るいと思った。翔太の目印によさそう。連続40時間。

どれも、子供たちの小遣いで購入できる金額のもの。

「今日は、お金、持って来なかった。後払いでいい? 翔太の980円も」と紘平。
「いいわよ。わたしが、3人分の代金を貯金箱から支払っておくから」と瞳。

それでも漆黒の闇の洞内。
錬金術師の娘は、羊の脂を固めた蝋燭と、寝るときのための薪を明かりとしていた。竜も、明るいことがある。

「郊外の大きな電器店では、高価なものが、コードでつながれていたりするけれど、ここのは違うんだね」

 それに対して、瞳はいくらか心配そうに、いいました。
「うちは、まちの電器屋さんのなかでも、マイナーな部類ですもの」

 瞳の父親が経営する電器店は、お客の予約注文で成り立っていました。お客さんのなかには、わざわざ遠方から電話をかけてくる人もいました。”

実は、瞳の家――電器店――の倉庫はアルケミー株式会社製品の宝庫なのだが、この作品ではそこまでは書かないほうがいいだろう。

アルケミー株式会社臭くなりすぎてはまずい。この作品ではあくまで、ほのかな存在にとどめておきたい。

ウィキペディアで調べたこと。

  • 電器店
  • 家電量販店
  • 盗難防止コード

鍾乳洞の中で子供たちが動き回るには、ライトがいる。暗い洞内では、命づなの役割を持つ。錬金術師の娘が持っている明かり、竜の明かりがあるのが救いだが、そこまで辿り着くだけでも子供たちにとっては大変な冒険になる。

その持ち運べるライトをPanasonicのホームページで調べてみたら、作品に使えそうなものだけでも、以下のようにいろいろとあって驚いた。

ライト・懐中電灯

ヘッドランプ
ランタン・蛍光灯
プチランタン
 ・マイクロランタン
 ・蛍光灯ランタン
 ・蛍光灯付強力ライト

ハンズフリー&キーライト
 ・ネックライト
 ・フレキシブルライト
 ・ウォーキングライト
 ・クリップライト
 ・キーライト
 ・ペンライト

ハンディライト
 ・メタルライト
 ・ラバーライト

強力ライト・懐中電灯
 ・懐中電灯
 ・強力ライト
 ・電池がどれでもライト
 ・キャンドル懐中電灯
 ・クセノンライト
 ・常備灯
 ・ラジオ付強力ライト

◆LED懐中電灯(単3電池3個用) BF-BG20F
球切れの心配なし!電池寿命約60時間。豆球ライトより、約8倍長もち!(BF-211F/C比)
明るい200lxで、広い範囲を明るく照らします!

◆キャンドル懐中電灯(単1電池2個用) BF-1000F
災害時・アウトドアに役に立つロウソク機能付き(特許出願中)
持つ・置く・吊るすの3Wayの使い方が可能
より均一な照射を実現するオプティカル球採用
雨の中で使用可能な防滴構造

ネットには、こうした商品を細かく調べてくれている明かりマニアのサイトがあり、それらを参考にすれば、電器店に出かけるまでもない気もしたが、やはり自分できちんと調べておきたい。

で、これから電器店へ。

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